帰れない帰れない帰れない



「気づいた?気分は?」
「どこだ、ここ・・・」
「俺の部屋。覚えてる?」
「・・・・・・・覚えている」
「お前、熱あるっぽいけど。・・・とりあえずなんか食べれば?」
「・・・・・・」
ベッドソファに身を起こした亮輝から返事がないことは別に気にならなかった。
立ちあがり冷蔵庫の中からミネラルウォーターの入ったペットボトルとテーブルの上に置いてある夜食分に買っておいたパンを取り出し、差し出す。
いつになくのろのろとした動きだったが、取りあえずはそれを素直に受け取った亮輝はパンのビニールをビリビリと破り、中に入っているパンを口に含んだ。
お坊ちゃまとその辺のコンビニで売っているような百円の菓子パンは似合わないんじゃないかとも思ったが、案外普通だった。

深夜のスタンドしかつけてない部屋の中は薄暗い。
その光を見つめる亮輝の顔はこの部屋に入る前の泣き顔とは違う、どちらかといえば普段通りの顔をしていて、先程のことは嘘なんじゃないかという気分になった。
が、こいつが本気で初を好きだったことは分かっていた。
分かっていたから、特に深く聞くつもりはない。
聞いてやる義理もなかったから亮輝とは反対側に腰をおろした。
「・・・家にも戻りたくないんだろ。まだ寝ておけよ」
この男を部屋にあげた理由なんてあまりにも曖昧で理由をつけることもできない。
もしも理由をつけるとすれば、こいつのあんな顔は初めて見た。
ただそれだけで。ただそれだけだからやはり理由にもならない気がした。
ずっと会ってはいなかったが、長い付き合いには変わりない。
幼馴染なんかじゃなく、最悪の腐れ縁もここまでくるともう笑うしかない。
嫌いな人間なのに今、同じ空間に二人でいるのだ。

さきほど、眠る亮輝の顔を見ながらずっと考えていた。
たとえば初の親父に復讐した時のように、眠っているこいつの首を締めたのなら、いっそ殺してしまったら、俺は楽になれるのだろうかと。
馬鹿な話だ。
あの男が愛してもいない息子のために泣くことは間違ってもありはしないのに。
馬鹿な奴。
境遇なんてまるで俺と変わらないじゃないか。

亮輝は目を閉じないで、ずっとランプの光を見つめ続けていた。
もしかしたら今のこいつには何も映ってないのかもしれないけれど。
こいつは母親似で。何よりも顔ではなく、性格が。
この男に父親と同じ器用な生き方なんて真似できるわけがない。

あんな男、この世にひとりでじゅうぶんだ。

ふと、目線をあげると静かに寝息をたてる亮輝の姿があった。
どうやら、もう一度眠りについたらしい。
眠る亮輝の顔から眼鏡がズリ落ちてきていたが直してなんかやらないし、 外してやりもしなかった。
起こすこともできなかった。
こいつの目が本当に覚めたら、どうして眼鏡をかけたまま眠るのだとか、 ズレた眼鏡の痕が残っているのだとか、そんなことをからかってやればいい。
それでいいと思う自分が分からなかった。
もしもお前が親父そっくりだったら
今すぐにでもそのツラ 思い切り殴ってやったのに。



夜明けにはまだ遠いこの時間が憎かった。