H e a v e n ?





シーツの擦れる音によって意識が覚醒する。

「ん・・・・・・、」

隣で先に目を覚ました鍵屋崎が眉間に皺を寄せてシーツに突っ伏していた。

鍵屋崎の顔に、いつもあるはずの眼鏡はない。

(あー・・・、俺が奪ったんだっけ?こいつが自分で外したんだっけ?)

「今、何時だ・・・?」

不機嫌そうな表情でシーツを見つめながら鍵屋崎が掠れた声で聞いてくる。

「・・・朝、5時くらい?」

「曖昧な時間を答えるくらいなら、初めから何も口にするな」

「だってこの部屋、時計ねーもん」

「な、君の部屋には時計がないのか!?」

ありえない、と言った顔をして俺に向きかえった顔をまじまじと見つめ返す。

眼鏡を外した顔は何か足りないというふうでもなく、普通で、涼しげで少し綺麗だった。

「なんだ?人の顔をじろじろと見るな」

「つれねーな」

何がきっかけだったか、二人してなだれ込むようにして部屋に入ってベッドへと縺れ込んだ。

そして久しぶりに羽目を外すほど抱き合った。

「そういやさ、昨日、ロンっぽい野良猫みつけてさ」

「話を逸らす気か」

「ロン、ロン、って呼びながら近寄ったら、引っ掻かれた」

「ロンにも野良猫にも失礼な話だが・・・似てるな」

「だろ?」

顔を見合わせて小さく笑いあう。

「・・・あいつら今ごろ何してっかな」

「分からない、が、どこかで生きているはずだ」

「・・・だよな」

「話を戻すぞ、大体君は・・・・





話を逸らしたわけではない。考えていた。

月と太陽がいるのだから、生き物を捉える時計などいらないと思っていた。

睡眠を欲しがる瞬間、とどめ刺すタイミング、最低限生きていくことに必要な目安は
大抵は体に染み込んでいる。

そこまで考えてから、戦場に、刑務所とまともな生活をしたことがない自分に気がついた。

(つか、そうなる以外を想像したこともなかったけどな)


約束の時間なんてだいたい決めておけばいい。

どうせ生きるか死ぬかも分からない未来。

だからだ。
朝日の中でまどろむ時間、自分に陽の光も似合うなんて、こいつらと出会うまで知らなかったんだ。

いいんだ。
それでもやっぱり俺には時計はいらない。

神経質なこいつの傍にいるから。

(なあ、今くらい、俺だけに夢中になれよ)

時間も忘れてゆっくりしようぜ。


冷たそうな白い皮膚の男と深く繋がった時に感じるこの熱はどこからくるのか、
なんでもない言葉の裏の深さも、涼しげで鋭利な瞳を通り過ぎる、一瞬のやわらかさも、何もかも、
今はもうほとんど自分の体と胸の奥にあった。

生きているからだ。
溺れて、もがき続けて、諦めて、諦めきれない部分で求めて、傷ついて、傷つけあって、
それでもこうする道を見つけた。
まだ、過去に縛られ続けて、それでも生き続けている。

その中にある、先を見つめるこのゆるやかな時間の正体は。

「君は人の話を聞いているのかっ」

「なあ」

「っ・・・突然なんだ?」

「頭、撫でさせろよ」

「僕は子供じゃない」

「そういう意味じゃねーよ。この前のお返しな」

「・・・・・・やっぱりあの時、起きていたのか」

こいつと自分の間に
流れる時間がふと甘くなるその一瞬が今は分かる気がする。

きっとそれを鍵屋崎も知りながら、口には出さないでいる。

言葉にしたら壊れてしまいそうだと、二人して恐れているのかもしれない。

信じられないと、二人して戸惑っているのかもしれない。

(処女でもねえのに)

王様と天才が揃いも揃って、情けない話だ。

「っ、そこはもう頭じゃないだろう・・・ッ」

「まさか、キーストアとピロートークをする日が来るとは」

「これの、どこが、っ、く・・・・」



オアシス。


ちっぽけな天国。