「シュトゥルクリお持ち致しました」

「ああ、ありが・・・?っレイジ!?」
「よ、鍵屋崎」

聞き慣れた声に顔をあげると、白いシャツに黒いパンツ、その上にブラウンのエプロンを纏い、髪を無造作に頭の後ろで束ねたレイジがいた。


ここには文章を書くことに煮詰まった時になどよく足を運ぶ、 自分には珍しく、贔屓しているカフェだ。
オーナーの気さくながらも、深い部分まで詮索しない部分は気にいっていた し、ちょっとした手料理も美味しい。
そしてなによりアースブラウンとホワイトで統一されている静かで落ち着いた店内は、心を穏やかにさせる効果があり、本を読むのに適している。

「こんなところで何をしているんだ」
「何ってアルバイト」
「そんなことは見ていればわかる」
「だよな」
「問題なのはその理由。動機だ」
「ここのマスターと世間話してたら気が合ってさ。ついでに料理も教えてもらった」
後ろを振り返り、カウンターのほうにヒラヒラと手を振ると、それに反応したようにマスターが人の良い笑顔を返した。
レイジの顔が良いことは認めざるを得ないが、それでも片目を失った男を雇ったマスターは食えない男だと思う。

「王様と呼ばれていた男が、人の下で働けたとはな」
嫌味混じりで過去の話を持ち出す。別に過去を蒸し返すつもりはなかった。
鮮やかすぎる過去は未だに僕の胸さえも抉る。忘れたいことと、忘れたくはない出会いに。
だからこれはほんの少しの嫌がらせのつもりだ。
予想していなかったのだろう僕の言葉にレイジが拗ねたような顔をした。
「周りが勝手に呼んでただけだろ」
「自分で言っていたことも、もう忘れたのか」
「あー、・・・」
言葉に詰まらせてやるつもりだった。
それなのに。
ふいに、にやりとレイジの唇の片隅が上がった。こういう顔をする時は悪戯か何かを閃いた時。
嫌な傾向。その前触れ。

「上でいるのはお前を抱いている時だけでいいよ」
「な・・・っ」
「あ、お前が俺に跨りたいってんなら別」
「その卑賤な口を即刻塞げ!」
・・・思わず大声で怒鳴ってしまった。
僕のテーブルの周りにいる客がその声に反応して振り向く。が、すぐに興味をなくしたようにそれぞれの世界に戻る。
良かった。内容までは聞こえていなかったらしい。
すぐさまレイジを睨み付けたが、したり顔の男にはなんの効果もなかったらしい。
レイジは既に窓ガラスの向こうの通りを歩いていく美女に愛想を振り向いていた。
(よくよく見ればこの店だってそうだ。女性の客が最近増えたような、気がしないでもない)
「・・・・・・」
怒りを通り越し、呆れが勝った。
くだらない。時間の無駄だ。
こんなことをしてるくらいなら本と向き合っているほうが余程の時間の有効活用、と手元の本を開、

「・・・ッ!?」
左耳に刺激。
油断した。
流石にもう何もないだろうと、一瞬だけでもレイジをまともな人間と混合した自分が間違いだった。
目を見開いた瞬間にはもう耳たぶを唇で含まれた後だった。
この男の頭には低俗な一般常識さえ存在も通用もしない。
・・・・・・今更思い出したところで手遅れだが。
「俺は好きな相手には従順な方だど思うけど?」
硬直した耳元に吐息と共に囁かれる。
「こんなにも尽くしてるだろ?」
まさか、わざわざ僕の贔屓してる店で働いて、僕の為に料理を覚えたとでも言いたいのだろうか、この男は。

レイジの声と唇で性感を刺激されたことによって耳たぶが熱くなる。
「じゃあ、またな。Volim te.」
次いで体温が一気に上昇するのが分かった。
そして一度跳ね上がった心拍はなかなかおさまることを知らない。
(ありえない、すべて僕をからかって楽しむための冗談に決まっているはずなのに、どうして顔が赤くなるんだ・・・っ)
おかげでその後ろ姿を睨み付けてやるどころか、顔さえも上げられやしない。

だから僕は気がつかなかったのだ。
オーナーがこちらを見ながらくすくすと笑っていたことに。



Lunch Time




この世に彼を手懐けられるものはひとりだっていない。
彼は誰にも支配されることを望まないし、彼に愛された人間は、彼を手懐ける必要などないからだ。
その証拠に料理は美味しかった。 ・・・認めたくはないが。








このバカップルは誰ですかと書いた私も疑問に思うわけで(^^
完成早そうだなと思ったら途中で詰まったので、開き直って手抜きでアップしてすみません;