眩しい。

春を迎えようとする日差しが存分に降り注ぐこの部屋は、暖色系の光で満ちている。

僕が座っている椅子から少し離れた二人がけのソファーに毛布をかけて寝転がるレイジは眠っていた。
安らかな眠り顔だ。
レイジが本当に眠っていることを確認した僕は、手を伸ばして起こさないようにその髪に触れる。
もしもレイジが起きていたのなら、こんなことはしない、絶対に。
すべてを許せる人間なんて、本当はいないのかもしれない。
そんな関係が出来上がってしまったところで、ふたりは堕ちてしまうからだ。
掬うように触れると、さらさらと落ちる藁色の髪がキラキラと金色に反射する。

それを何度も繰り返す内に、思い出してしまった。
まだ僕も子供だった頃、幼く大事な妹の髪を撫でた記憶。
同じところなんてどこにもないのに、見た目も、髪質さえも。
幼い妹の髪はこんな派手ではなく、 もっと落ち着いた、癖のない長い黒髪だった。
そのやわらかい感触が僕は好きだった。

知り合いの医者の話によると、妹はある日を境に、少しずつ人としての回復をはじめたのだという。
狂ったのではなくて、自分の身を守るために、僕のことを、両親に凶器を向けたことだけをぽっかりと忘れてしまった、らしい。
忘れたものは、忘れたままで、
それが本当に正しいことなのかは僕でさえよく分からないけれども、
それさえもねじ伏せても、妹が僕を忘れても、笑っていてくれることが一番大切だったから構いはしない。
だから、会いたくて、けれど、会うことを引き止めた自分自身によって結局会いはしなかった。
遠くから姿を見ることも、しなかった。
だから、僕の頭の中にこびり付いたまま離れないのは未だに幼いままの妹の姿と、時折こんな辺境の地まで手紙を送ってくる斉藤から見た恵の姿だけだ。

僕達の兄妹という関係はあの日、終わってしまった。
そして今はもう、その記憶さえも、恵の中には見つかりはしない。

それが悲しいのか、ほっとしたのかは、そのどちらでもあるだろうし、どちらでもないのだろう。
ただ、僕は無力で。
それは今も相変わらずだったが、

だからかもしれない。
恵の傍にいられたあの日々でさえ、僕は安らぎの中に孤独を感じていた。

レイジに、
この男に求めるものは違う。
この男は違う。
僕が恵に求めた、ずっとこの腕に抱いて守っていきたい、それとは違う、
ただ手を伸ばした時にレイジの存在を確かめられればいいと思う距離。

それぐらいがちょうどいい。

それでいいと思える自分が僕にはずっと足りなく、必要だったものだ。

サラサラとした金茶の髪がいつの間にか手に馴染んでしまった。
この感触も好きだとは死んでも言ってはやらないが、レイジは気がついているのかもしれない。
よくよく考えてみれば、野生動物のように敏感なこの男が、僕の指の感触に気がつかないわけがないような気もした。

眠るレイジに誘われるように、僕のまぶたも重くなってくる。

目を閉じると、何も見えないはずなのに、なぜか安心した。



afternoon nap



閉めた窓のガラスが曇るのも今は気にはならない、皮膚を刺すような吹き付けていた北風も、もうすぐ終わるだろう。

僕はそのまま、心地よい眠りだけに身をゆだねた。








なんかレイ直なら本当に脱獄できそうだと思った。そして世間では死んだ人して扱われていそうだ。
でもそれが一番いい。天才、と謳われるだけの鍵屋崎直はいらない。自分の生き方を見つけていけばいい。
本当に私の書くレイ直は周りの人間があまり出てこない、ふたりだけの世界だと思う。
でも忘れられないものも、大切なこともちゃんとある、ある意味それを理解した関係かな。
直は死ぬまで妹が一番大切だという事実は変わらないと思うので、彼の哀しみは深読みしてやってください。

bgm cali≠gari「冬の日」