エメラルド



「君がいない世界に僕はいない」
「へ?」
全文暗記してるくせに相変わらず聖書を捲り続けるレイジの間抜けな声によって 我に返った。
思わず本の中の文章を声に出してしまったようだ。
あとに続く女の台詞は「あなたがいない世界にも私はいない」
・・・・・・僕としたことが本当につまらない本を手にとってしまった。

「突然の熱烈な告白だな」
机に置いた聖書の上に、頬を乗せて伏せるように僕の顔を覗き込んだレイジを睨み付ける。
「馬鹿か君は。僕がそんな科白を吐かないことなど、分かりきっているだろう」
「ははははは」
「その馬鹿笑いをどうにかしろ。ここは図書館だぞ」
「キーストア」
「まだなにかあるのか」
「キスしようぜ」
「・・・レ、・・・・・・」
もう、否定もしなかった。ただ、近づいてくる唇を僕は待った。
幸い今は人気もない。
キスをしたいのは自分も同じだっただけだが。

「ん・・・」
重ねた唇から伝わる熱が、じわじわと脳の内側を犯す。
それはレイジも同じだったのかもしれない。
吐息が、熱い。
名残惜しげもなく、離れていく皮膚の感触が気持ちよかった。

閉じていた目を開けると顔が近いせいで、レイジの長い睫が震えるところまで見えた。
予想通り隠れていた瞳の色は金茶。
そこまでを見送って、僕から顔を離した。

多分、これは本当に「君のいない世界には僕はいない」
レイジに会ってからというもの、自分でもうんざりするほどに僕は変わってしまった。
けれど、
「俺はお前がいない世界に    」
僕がいない世界には君はいるだろう。

それこそ、どうなっているかは分からないけどさ。
そう付け足したレイジは軽やかな足取りで図書館を後にした。
それでも生きてはいるはずだ。

だからこそこの男が愛しいと僕は思った。

僕は遅れるようにして、本を閉じて立ち上がった。
レイジはまた聖書を無断で持ち出したようだ。
ぽっかりと聖書一冊分空いた本と本の隙間が目に入った。
貸し出しカードに書いてやろうかとも思ったが止めた。
あの男はどうせまた繰り返す。

(それに蔵書点検でもなければ誰も気づかないだろう)
図書館の、しかもこんな奥にある本の行方なんて。

僕以外の誰も。










もしもレイジ×直だったら最強のカプだったんじゃないかと思う。
他の登場人物がすべて薄れるほどに。