見渡す限りに薔薇が咲き誇る庭園。
そのひとつひとつがとても美しいものだと思う。
あまり、花には興味のない自分だが、けれど自分なりに拘りはある。
――――そう、ここは双魚宮。

「君は・・・蠍座の黄金聖闘士に選ばれた子だね・・・?」
「・・・うん・・じゃない、えと、はい。蠍座のミロです」
黄金聖闘士になって日が浅かった俺は、まだ敬語というものに慣れてはいなく、 たどたどしい言葉使いで彼に返事を返すことしか
出来なかったのを覚えている。
「ミロか。私はこの双魚宮を守っている魚座のアフロディーテだ。これから宜しくたのむ」
そう言って微笑んだ彼はやっぱり綺麗で。
それが、自分自身が黄金聖闘士になってからの、彼との最初の出会いだった。

「ねぇ、なんでこんなに沢山の薔薇が咲いているの?」
俺はそう彼に聞いたことがある。子供ながらの小さな疑問だった。
その質問にアフロディーテは俺を見つめた。そしてそのまま周囲の薔薇を見やる。
「・・・こうやって薔薇たちに囲まれていると、心まで安らぐ気持ちになれるんだ」
彼が言ったことは嘘ではないと思う。彼は本当に薔薇が好きだった。
そして薔薇に囲まれているアフロディーテを見るのが俺も本当に大好きだった。
たが、その他にも沢山の理由が存在したのだと思う。
ただあの頃は幼い俺の為に、必要最低限の答えを返してくれたのだ。
俺自身が貴方のために気に病む必要はないのだ、と。
今となってはそれさえも定かではないが、本当に沢山あったのだと思う。
身勝手な話だが俺はそうだと思っている。

「ほら、君にも薔薇の花をあげよう」
別れ際、そう言って彼は俺の手に一輪の薔薇を差し出した。
「ありがとう・・・っ」
彼の優しさが嬉しくて、ふと、彼の顔を覗いてみれば満面の微笑みで、思わず俺は見惚れてしまった。

誰もが彼に憧れていて、誰もが彼に近寄りがたいと言う。
それはただ、彼が美しすぎるという意味だけではなくて、なんというかその雰囲気が、らしい。
きっと皆、彼がこんなにやわらかく笑う人だなんて知らないのだろう。
知ろうとも思えないのかもしれない。
だから誰も彼に近付こうとはしない。
憧れは憧れのままでいいのだろうか?
俺は少なくともそうは思わない。
同じ人間であるからこそ、その誰かを目に、心に残しておきたい。
留めておきたいと思ってしまう。
いや、留められて良かったと、今なら断言できる。

笑顔は美しい以上に何よりも優しく、やわらかで、こんなにも安らかな気分にさせてくれる。

薔薇を心から愛していた。

そんな彼を。