Rainy day



雨はその時の状況によって気分を悪化させたりする。
一番嫌いな人間に会った時なんて特にそうだ。
しかもいきなりの土砂降りだなんて予報では聞いていない。
普段から嬉しいとか、悲しいとか、そんな感情を素直に顔に出せない 亮輝には、 なぜか喜怒哀楽の怒だけがその分多く顔に出るような気がする。
偶然、向こうから傘を差しながら歩いてくる天敵と目が合った途端、亮輝は露骨に顔をしかめた。
亮輝が顔をしかめる原因となった当の本人、小田切梓はその綺麗な顔を崩さず何食わぬ顔で、少しだけ亮輝寄りに向かって歩いてくる。
「あれ、亮輝じゃん。何やってんの?」
「見れば分かるだろう、雨宿りだ」
今の梓には傘があって、亮輝には傘がない。
それは本当に子供じみた張り合いだったが、そんな理由でさえ梓に負けることは、亮輝にとってとても許せないことなのだ。
今、気付いたような梓の言い方が多少、いやかなり癇に障ったが、それを耐えておざなりに返事だけは返してやる。
それは早く会話を終わらせたいという亮輝なりの精一杯の心の表れだろうか。
「じゃあ、入ってく?」
どこに? 誰が?
梓の言葉に亮輝は唖然とした。
「マヌケ面」
「・・・うっせえックソ梓!!」
「人が親切にしってやってんのに、その言い方はないんじゃねーの?」
梓はそう言うと、傘を差したまま亮輝の隣にある自販機に近寄り、ポケットの中からサイフを取り出す。
すぐに、ちゃりん、ちゃりん、という小銭を入れる音が響き、それに続いて、ピ、ガコンという音と共に缶コーヒーが落ちてくる。
それを手に取った梓は、もともと社宅に帰る途中だったのだ、自分の家の方向へと歩き出した。
5メートル程歩いた時だった。不意にくるりと梓が振り返った。
「?」
「ほら、コーヒでも飲めよ」
「うわっ!?」
そう言ってコーヒーを投げてきた。
それはつい先ほど梓が自分で買ったコーヒーであり、それがなぜか今、亮輝の手の中に収まっている。
「じゃあな」
それを満足げに見やった梓は踵を返してまた歩き出した。
「・・・っておい!!」
一瞬、呆けてしまった亮輝がその後姿に叫んではみたが、梓は振り返らずに左手でひらひらと手を振っただけだった。
「・・・くそ」
雨によって冷えた空気に、手の中のコーヒーだけが、熱い。
空を見上げると水の雫が次々と地面に降り注ぎ、ザァー、という音が鼓膜をもうつ。
雨は止むどころか、むしろ強くなった。
傘を持っていない日に限って雨が降ることがある。
嫌いな人間に限って顔を見る回数が多かったりもする。
ついてない日というのは、とことんついてないのも本当だったりするのだ。